NEWS | 2025/07/05 | 

【ガーナより】No.84

流れゆく月日のなかで変わったもの変わらないもの

~こんなところに日本人出演から 12 年~

 

去年 12 月、ガーナは選挙が行なわれ 8 年続いた政権が変わりました。政権が変わり半年が過ぎ、自分が目にするもので明らかに政権が変わったからだなと感じることが増えてきました。それは日銭を稼ぎ生活している人たちに直接かかわっているものもあります。しかし、ガーナの人たちはそれを嘆きながらも直ぐに立ち上がる生きる力を持っていて逞しく感じるのです。12 年前の 6 月『こんなところに日本人3時間スペシャル』に出演しました。放送終了後の反響や視聴率も良かったと番組スタッフから知らされ、後に関西で再放送もされました。この番組の千原せいじさんがアフリカ 54 か国に住む日本人に会いに行くコーナーは大人気でしたが、後に西アフリカで蔓延したエボラ出血熱が原因でコーナーが無くなってしまったのです。取材依頼を受けた当初はお断りをしていました。それは日本からタレントが来て、制服の破れている子どもを見て笑いのネタにするんじゃないか?等心配し断っていたのです。しかし、こちらガーナでテレビ番組のコーディネートの仕事をしている方に説得され取材オーケーをしたのです。2013 年 5 月に千原せいじさん
と番組スタッフが学校のあるアフィフェに来て取材を受け、生活しているアクラの家でも取材を受けました。取材を受けて良かったなと心から思いました。取材を受ける前の年、ガーナに来てから初めての一時帰国をしましたが、全ての生活を捨ててガーナに飛び出した私と母の関係はとても複雑なものが有りました。2010 年 9 月に日本を出て、2012年ガーナに赴任してから初めての一時帰国の実家滞在は針の筵の様でした。しかし、この番組で母への想いを手紙につづり読みました。今思えば、番組スタッフとコーディネーターの思惑だったのかもしれません。今でも忘れることのない土砂降りの雨が降る日の母の顔で、家を出る時「行ってきます。」という私に目を真っ赤にして「行ってきますじゃない。行きますだ。」と言った母の言葉も手紙に書きました。番組では学校での活動やアクラでの生活の様子が紹介されました。放送終了後の一時帰国はわだかまりが溶けたようでした、しかしながらその年以降も一時帰国の際には毎回衝突してしまっていました。ほんの小さなことで口げんかをしてしまうのです。その口げんかはもうすることはありませ
ん。去年 12 月享年 84 歳で母は亡くなりました。母が亡くなり弔問に訪れた人から聞く母が伝えていた私はガーナにいる自慢の娘だったようです。今ここガーナに居て思うのは、母に怒られないように一日一日を大切に生き、与えられた環境の中で逞しくしなやかに生きるという事です。段ボール箱を利用して始めた青空図書館は、千原せいじさんの立ち上げたギブアウエイ様のサポートがあって建物として作ることが出来ました。活動のやり方はその時代に合わせて変わってきていますが、子どもたちが持っている様々な可能性を活動を通して引き出したいという想いは持ち続けています。 『Your future is made byreading books プロジェクト』 『ガーナでそろばんプロジェクト』と引き続きガーナでの活動を応援していただけると嬉しいです。

                           2025/6/30 ガーナ挨拶No84
                              スプートニクガーナ

国分敏子

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